2008年7月10日木曜日

セミナーレポート:感動が生まれる舞台づくり ~ リッツ・カールトン・ホテルに学ぶ

今週の月曜日、七夕の7月7日に大手町でやっていた日経MJ主催のセミナー:『感動が生まれる舞台づくり ~ リッツ・カールトン・ホテルに学ぶ』に参加して来ました。やたら応募数が多かったらしく(500人の枠に2000人以上の応募者数)、参加出来る人はラッキーとかで。今回はそこで話されていたことをまとめてみます。セミナーはリッツ・カールトン日本支社長:高野 登氏と日経MJのCEO:酒井 光雄氏との対談形式で行われました。


長いので最初にポイントを3つにまとめます。

  • 優れたサービスは優れた仕組み無しには生まれない
  • サービスを生み出すのは従業員の感性である
  • もっとも大事なのは従業員であり、顧客は3番目


----- 以下 セミナーメモ -----
顧客層は?

リッツ・カールトン東京の宿泊者の多くは次の3つ。
・自己ビジネス所有者
・グローバルコーポレーションで宿泊契約を結んでいるところ
・リッツ・カールトン大阪の経験者と、そこからの紹介者

日本の企業の社長さんでも宿泊費が一日5万円を超えるホテルには会社の経費で泊まれない。というのも経費で認められるのは精々3万円までだから。なので、役職についている人だからと言って(自腹以外で)気軽に利用できるホテルではない。

現在のリッツ・カールトン東京の完成度を言うと30%弱くらい。大阪の完成度は70%ちょっと。ホテルとしてすべてのお客様を満足させるのは事実上不可能なので、80%以上の完成度になったら一応完成させたと言える。大阪のリッツ・カールトンは世界的に見てもサービス品質では最高のリッツ・カールトンと言える。


優れた顧客満足度を出すためには?

顧客一人一人を把握することが重要。リッツ・カールトンでは『ミスティーク』と名づけられた顧客管理システムを使い、一人一人の嗜好や部屋の使い方、誕生日や結婚記念日などをきめ細かく管理している。従業員一人一人の能力も大事だけれど、卓越したサービスにはそれを支えるシステムが必要。ミスティークがそれ。


トップ5%を満足させる

リッツ・カールトン東京がミッドタウンへデビューした際に、マスコミ各社が使ったキーワードがこの『トップ5%を満足させるサービス』というもの。その為、リッツ・カールトンはトップ5%の富裕層しかターゲットにしていないホテルと勘違いされた。

実際、リッツ・カールトンがこのキーワードを発表した際、特にトップ5%に意味なんてなかった。しかも、どのトップ5%なのかも何も明確に定義していないし、リッツ・カールトンのマーケティング部門ですら知らない。富裕層としてのトップ5%なのか、ホテル利用者のトップ5%なのか、旅行者のトップ5%なのかとか、そういうのは一切決めていない。ただ言葉、キーワード自体を一人歩きさせるのが戦略だった。

というのも、想像性を刺激するキーワードを市場へ投げれば、それだけで約35%の反応が得られるからだそうだ。そして、そこから「リッツ・カールトンはトップ5%をターゲットにしているホテルなんだって」と口コミが起きれば、それだけで優れた広告宣伝になるという。そして実際そうなった。

また、このトップ5%という曖昧の中にも明確な数字を含ませたキーワードによって、すべてのお客様が対象となるホテルではないという固有のターゲットを持ったホテルであることも明確にしている。というのも、来た人すべてに対して「お客様は神様です」的なアプローチをすると、それは大衆品とみなされてしまいブランドにならない。ブランドとは特定の顧客層、ターゲット、ライフスタイルに特化して優れた品質を提供してこそ生れる価値。リッツ・カールトンという世界的に認知される高級ブランドの戦略上、誰にでも媚びてしまうイメージでは失敗してしまう。なので、このキーワードは非常に良い働きをしてくれた。

顧客層となるターゲットを絞ることで、広告費を大幅に削減できるメリットも生れる。というのも、リッツ・カールトンは大々的に広告を新聞や雑誌に載せる会社ではない。TV番組を見ていて『週末はリッツ・カールトンへ泊まろう!』なんて宣伝文句は一切出てこない。しかし、トップ5%を満足させるサービスという言葉が独り歩きしてくれるおかげで、富裕層のライフスタイルを紹介する雑誌やブランド品を扱った雑誌などから無料で良いので広告を使わせてくださいといったオファーが来る。通常普通に広告を頼むと300万円以上経費がかかるものが無料になるのだから、これほど素晴らしいマーケティングはない。

ただメディアに取り上げられるデメリットもある。特に最近は酷いホテルランキングを扱った雑誌が増えて来た傾向にある。真夜中にマクドナルドのハンバーガーが食べたいとか、普通のお客様であれば憚られるような数々のリクエスト(コンドーム持ってきてとか)を各ホテルで行い、どのような対応をするのかを調査してランキングにしている雑誌もあるが、これらの無茶な要求と言うのは、将来どんどん才能を伸ばして行くであろう優秀なホテルマンを潰してしまう恐れがあるので止めて欲しい。また、価格帯が異なるホテル同士を同列に扱って評価するのには、そもそも無理があると思う。その雑誌の読者にとっても参考となるランキングになっていない。


優れたサービスと利益について

他のホテルとリッツ・カールトンを比較した際、例えば100点満点とした時に、リッツ・カールトンは70点、他のホテルは60点だったとする。この10点の違いが利益の源泉になる。逆に、この10点の違いを生み出すことが優れたサービスに繋がるとも言える。他にもブランド力を高めるために優れた企業とのパートナーシップを結ぶこともある。例をあげればIBMやアメリカン・エキスプレスなど。ブラックカードなどで知られるアメリカン・エキスプレスと提携することにより、より良いブランド作りが出来る。

リピーターを作る仕組み

リッツ・カールトンのリピート率は45%ほどになっている。高いリピート率を得るためには宿泊以外のサービスに対しても常に満足を与えられるように気を配っている。従業員は常に笑顔で明るいおもてなしが出来るようにしているし、宿泊だけでない関係作りをしていきたいと思っている。例えばラウンジでコーヒーを飲みに来ていただくだけでも良いし、近くに来られた際にちょっと寄り道をして従業員と世間話をし、そのまま帰られても良い。こうした様々な係わり合いで一つ一つの満足を提供することが重要だと思っている。宿泊者と言うゲスト以外の方へも優れたおもてなしを提供したい。

感動を生み出す仕組みづくり

感動と言うのは自動詞であり、自ら感じるもの。他者から与えられるものではない。そして、長く余韻が続く優れた感動は、意外と些細なことだったりする。誕生日の日に「おめでとうございます」と挨拶してもらったり、レストランでバースデーケーキが出てくることでも良い。

ここで一つのエピソードを紹介。リッツ・カールトンのクラブフロアに宿泊されたお客様で、チョコレートチップクッキーが大好きだった方がいた。その方はクラブラウンジでお茶を飲みながらチョコチップクッキーとそれを焼いてくれた彼のお母さんの話を従業員と楽しんでいた。そのお客様がお部屋に戻られると、ベッドサードテーブルにチョコチップクッキーとミネラルウォーターが置かれていた。この嬉しいサプライズに気を良くして次の日の朝食の際に、その喜びを係に伝えると、その日の夜にはベッドサードテーブルのチョコチップクッキーが2枚に増えていた。お客様がさらに喜ばれたのは言うまでもなく。

チョコチップクッキーを部屋に置いておくのは、リッツ・カールトンにとっては特に経費のかかる話ではない。クラブラウンジで常に食べ放題で提供されているものだからだ。ただ、大好きなクッキーを就寝前に楽しんで眠りについていただこうとするちょっとした気配りが、お客様の心を掴む。

こうしたちょっとした気配りが提供出来るか出来ないかは、従業員一人一人の感性にかかっている。そのため、優れた感性を維持するための仕組みが必要となる。リッツ・カールトンではリッツ・カールトンと、それを取り巻く社会に対する貢献を通じて、従業員に対するサポートを提供している。

リッツ・カールトンの定義する社会

リッツ・カールトンの定義するもっとも重要な社会は、従業員とリッツ・カールトンが築き上げる社会だ。従業員と会社の関係が上手く行っていなければ、従業員は満足して働くことが出来ず、それ故に優れた感性が生れる余地がなくなってしまう。何よりも従業員を満足させる組織作りが求められている。

2番目に重要となる社会が、リッツ・カールトンと関連する企業との社会だ。レストランへ仕入れをしてくれる業者さんや、花屋さん、宅配業者などホテルとの数々の係わり合いを持つ企業との係わり合いを重視している。例えば、宅配業者さんが荷物を取りに来た際には、無料の飲み物や軽食でおもてなしをする。リッツ・カールトンへ荷物を届けたり受け取ったりすると、美味しい食べ物や飲み物が待っているので、誰も悪い気はしない。そして、日頃からこうしたサービスを提供していることによって業者との間に信頼感が築き上げられることになり、例えば真夜中にゲストから緊急で荷物の配送を頼まれた際も、宅配業者に無理が利いたりするようになる。優れたサービスはホテルだけの努力で作られるものではない。

最後に重要となる社会が、ゲストとホテルとの間に作られる社会。通常であればお客様こそが最初に大事にしなければならない存在とされるが、そもそも従業員と、それを支える提携企業の協力なしには、ゲストへ満足を提供できる環境が作れないため、この順番となっている。逆を言えば、この順番で社会を大切にしているからこそ、リッツ・カールトンの卓越したサービスを作り上げることが出来るとも言える。

こうしたCS(顧客満足度)とES(従業員満足度)の双方を高く保つ仕組みづくりこそ、リッツ・カールトンのブランド力となるサービスの根底にあるものとなっている。


おまけ
レジデンスビジネスについて

最近リッツ・カールトンではホテル事業の他に、居住施設を提供するビジネスにも乗り出している。海外では買取型の住居が多いが、東京ミッドタウンでは賃貸型の住居を提供しており、こちらは最低35万円から最高で500万円の家賃のものがある(後日確認したら70万円からと言っていたが)。

こうした不動産にリッツ・カールトンのサービスを付けて売ることで、ホテルを作り上げる資本を確保しようとする戦略になっている。例えば、アメリカで古い建物を改装し、それをリッツ・カールトンレジデンスとして売り出したところ、すぐに完売して100億円のキャッシュとなった。それで建設中のリッツ・カールトンの資金の4分の1を賄うことが出来た。

このような利益が必要なのも、実はラグジュアリーホテルと言うのは殆ど儲からないビジネスモデルだからである。東京に進出して来たマンダリン・オリエンタルやペニンシュラを始めとする高級ホテルブランドと言うのは、実はまったく儲からない。短期的に利益を目指すのであれば、宿泊特化型のビジネスホテルを一気に展開して行く方が遥かに割が良い。高級ホテルが利益を出せるようになるのには10年以上の期間を見込む必要があるので、ビジネスとして考えれば、これは旨みのないものと言える。



以上がセミナーでメモった内容です。やはり優れたサービスにはそれを支える仕組みがあり、会社側が従業員をしっかりとバックアップできるからこそ、従業員もその能力を如何なく発揮し、顧客へ応えることが出来るのでしょう。逆に従業員やそれを支える仕組みをないがしろにすると、それだけお客様へ迷惑をかける事態へも繋がりそうですね。

レジデンスビジネスで印象的だったのは、高級ホテルの利益率が低いと言うことでした。逆を言えば、それだけ支払ったお金に見合ったサービスを受けることが出来ると言うことですね。ミシュランで3つ星をとった最高のフランス料理店とされるジョエル・ロブションも材料費が値段の4割を占め、とてもじゃないけど儲からないらしいです。通常のレストランビジネスですと材料費は精々1割程度なので、4割と言う数字は極めて異常なことと言えます。

こうして見ると、最高級とされるホテルやレストランでは、自分が支払ったお金に対して通常よりも遥かに大きなリターンを得ていることになります。普通はついつい安さにつられて、出来るだけお得なお店を探したりするものですが、実は最高級品にお金を出すのが一番損をしないで済むという、恐ろしい罠となっていたわけですね。


リッツ・カールトンの素晴らしいサービスにもっと興味がある人は、高野社長の書かれた本を読まれることをお勧めします。読みやすさ、内容共に国内では最高のリッツ・カールトン本です。



リッツ・カールトンが大切にする サービスを超える瞬間



こちらは現在のリッツ・カールトン東京の総支配人:リコ・ドゥブランク氏が共著になっている本です。サービスの実例エピソードが豊富でお勧め!


リッツ・カールトン20の秘密―一枚のカード(クレド)に込められた成功の法則



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